今夜、元憲兵の祖父が「硫黄島からの・・・に関する記事

質問
今夜、元憲兵の祖父が「硫黄島からの手紙」を見ていて国旗を掲揚していない家庭を非国民とみなし、取締り等を行うことは無かったと言っていました。それは特高警察の仕事だとか。まぁ所詮は作り物ということでしょう。祖父は日中戦争から太平洋戦争からの英国との初戦の4年間中国大陸からベトナムまで通信兵として従軍していました。そのなかで中国大陸で虐殺はあったが、中国兵のゲリラ攻撃を警戒したすえの行為であったといっていました。そういう話を聞けばベトナム、アフガニスタン・イラクのテロは当時の中国の更衣兵のゲリラ攻撃と変わりは無いそうです。そのような夜も眠れない恐怖に人間の心理として耐えられず、疑わしい中国の方たちを虐殺してしまったことは当然ともいえると思います。、そこに真の戦争の恐ろしさがあると私は思います。そして戦争という行為を行ったことはすべての悲劇・今日に至るまでの中、韓との対立と憎しみの鯨飲だと思っています。兵士一人一人の、生きて故郷に帰りたい、家族の元に帰りたい、そのためには敵を殲滅しなくてはならない。そんな心理が過去も未来も虐殺なのど悲惨な行為につながっていると思われ、戦争とは人の純粋な願いをゆがませてしまう最大の罪であり、中国も韓国も日本も、当時戦争に関わったすべての国は、当時の敵国ではなく、戦争を憎むべきだと思います。それが、終戦記念日に私が感じたことです。因みに、私の祖父は海軍の通信兵として、重慶爆撃、英国との初戦の爆撃などを後方から参戦していたそうです。その後内地の部隊に配属になりそこで憲兵になるための試験があると知り、憲兵ならば死なずにすむかもと上官の反対を押し切り(上官には試験を受けても合格はするなといわれていたそうです)憲兵の試験に合格して憲兵になり、終戦を迎えたそうです。その間に祖父の兄は昭和19年の八月十日にグアムで戦死し、その他の故郷の友人達は半分帰ってこなかったそうです。その方達はいま靖国に祀られています。私が言いたいには、戦争に対する見方がプロパガンダ化し、故に戦争の本質的恐怖を見失いがちなのではないかということです。私は祖父の列車が中国の更衣兵に孤立させられた時の恐怖を聞いたときに絶対戦争はしたくないし、しないで欲しいと思いました。長々と申し訳ありません。皆さんの終戦記念日についての考えを教えてください。

回答
終戦後のニュールンベルク裁判で、ソ連はドイツ人すべてが戦犯であると述べ、相当数のドイツ人をシベリア開発に抑留すると主張しました。それに対してアメリカのジャクソン検事は、一般ドイツ人もまたナチスの被害者であるとソ連の主張を斥けました。ジャクソン検事の反論に甘えるわけではありませんが、私は、一般日本人もまた軍政部の被害者だったと思います。命令ひとつで戦地に送られ、命令ひとつで殺人を強いられ、命令ひとつで命を捨てさせられたのです。その被害の中にはもちろん洗脳教育も含まれます。この知恵袋にも核保有論が少なくありませんが、その人たちの多くは自分が核の起爆スイッチを持つつもりでいます。それを肯定したら金正日に起爆スイッチを持たせるのと変わりないではありませんか。

出典:Yahoo!知恵袋

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