日教組元委員長 槇枝元文氏が戦時中・・・に関する記事
質問
日教組元委員長 槇枝元文氏が戦時中に憲兵だったというのは、本当ですか?
回答
本当だよ。戦後に、北朝鮮から勲章をもらったのも事実だ。岡山県立青年学校教員養成所(後の青年師範学校)卒業後、1940年に都窪郡の早島青年学校に教師として赴任。1942年から終戦まで召集され、最終経歴は陸軍憲兵中尉。日刊ベリタ : 特集 : 「労働・教育運動に生きて80年」槙枝元文自伝... 「戦後の旗手」の一人である槙枝元文さんは、教育のあり方をめぐって文部省(現・文部科学省) ... その後は総評議長として労働運動を指導した「戦後の旗手」の一人である槙枝元文さんの自伝は、ひきつづき昭和初期の日本の地方農村を舞台に、 ...www.nikkanberita.com/index.cgi?cat=special&id=200510220202166 - 槙枝元文・日教組元委員長は北朝鮮を「この国には泥棒がいない。泥棒とは富の片寄ったところに発生する。この国には泥棒の必要がないのである。泥棒も殺人犯もいないから警察官もいない。交通整理や怪我(けが)人のために社会安全員が街角や交差点に立っているだけ」(『チュチェの国 朝鮮を訪ねて』)と讃美し、北朝鮮礼賛は大韓航空機爆破や拉致などの国家犯罪が発覚した後も続き、平成三年には北朝鮮から「親善勲章第一級」をもらっています。その後も昨年の金正日総書記誕生六十年の祝賀メッセージで、金日成元主席について「わたしは訪朝して以降、『世界のなかで尊敬する人はだれですか』と聞かれると、真っ先にキムイルソン主席の名前をあげることにしています」と強調。日本の自衛隊は否定するくせに、金ブタの軍隊については、「強い軍隊を率いることは国の自主性を堅持するうえで欠かせないこと」「人民のなかにはいって現地指導されている姿などをもっと積極的に共和国は報道すべきではないでしょうか。キムジョンイル総書記のすばらしさをアピールしたほうがよいと思います」と進言している(『キムイルソン主義研究』百号)。といっているのですから、この槙枝元文という男は何を考えているのでしょうか。な〜んにも考えていないのでしょう。こんな日本にいるよりも地上の楽園の北朝鮮の偉大なる首領様の元に早く行けばいいのです。その時はぜひともOne-way ticketでお願いいたします。帰ってくるな!!このようなアホな先生に教えられた生徒がかわいそうです。 日教組の組合員の中には、日本国内のあの気狂い思想の主体思想信奉団体である「日本教職員チュチェ思想研究会連絡協議会」に所属する者もおり、歴代会長は日教組関係者です。 拉致事件を唯一取り上げている教科書を「北朝鮮敵視」と決めつけたり、今年度の運動方針にも、北朝鮮の官製教職員団体である「朝鮮教育文化職業同盟」との交流を掲げているのですから、このような気狂い組合に属している教職員がまだいるのです。北朝鮮から勲章を授与された槙枝元文氏日教組は、旧社会党(現・社民党)が朝鮮労働党との関係を深めた昭和40年代後半から、北朝鮮との「連帯」を強調し出した。訪朝団を度々派遣し、北朝鮮の指導者を賛美して来たのである。昭和52(1977年)11月の第4次訪朝。奇しくも、その翌月に、横田めぐみさん拉致事件が発生している。 日教組が北朝鮮と交流を深めた年代に、日本人拉致事件(後に発覚)が頻発しているのである。しかも、日教組の委員長を務めた槙枝元文氏(日教組委員長: 1971年〜1983年、総評議長: 1976年〜1983年)の北朝鮮礼賛は有名だ。平成3年(1991年)には、北朝鮮から「親善勲章第一級」を授与されている。
出典:Yahoo!知恵袋
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